朝のコインランドリー

洗うものは山ほどあるんだけど

a cat

 

 

捨て猫を拾ったのだった。

 

ある夜、姿のない鳴き声を耳にして見渡したところ、どうやら家の裏の公園の茂みの何処かに野良猫が一匹いるようだった。

この安普請のアパートにはもう四年暮らしているが、あまり猫の馴染まない土地なのか姿を見かけたことは一度もなかった。

祖母が生前、トラという三毛猫を飼っていたが彼女が祖父のあとを追うように眠りにつき、幸運にもすぐに現れた里親が猫を引き取ってからは、人生に三角耳の生き物が登場することはほぼ無いまま先月、24度目の誕生日を迎えた。

自身もあまり実家には寄り付かないタイプで大学進学後、眩しい都会の表通りから一本逸れたような路地裏で耳をすませ、しなやかに人の手を逃れ細々と生活をしてきたために、猫という生き物は比較的好ましく感じていた。

 

よってその声を聴いた夜にとった反応は、つっかけで自室を出て近所の夕餉の匂いがほのかに漂う、さほど広くない公園の茂みをひとつひとつ覗いてみるというやや子供じみた事だった。職場の繁忙期を終え、弛緩した日々のリズムに身を委ねている。顔をあげると晩春の風を頰に感じた。

 

チリン。小さな鈴の音がする。身じろぎをしたらしい相手の居所をまだ掴めないまま、家族と電話の約束をしていたことを思い出す。広場を後にして、その夜眠る時には猫のことは忘れていた。

 

 

お互いの姿を確認したのはその二日ほど経った夕方の事だった。金曜日、同期の飲み会をやんわりと断ってレンタルビデオショップで古い映画を借り、スーパーで適当な食べものとお酒を買って自室に戻る道すがら、何とは無しに公園の前を横切っていたら歩道に飛び出してきたのだった。

黒い背なかに白い四肢。まだ大人になりきっていない小動物の、しかし獣の知覚を備えた目とぶつかって双方動きを止める。

しゃがみ込んで視線を合わせると、意外にも相手から間隔を詰めてきたので手を伸ばす。掌を嗅がれながら距離感を分かりかねていたところ、反対の手で持っていたビニール袋に顔を近づけてきたので、開けてやると鳴かれた。

袋にはカニカマが入っていたがはたして餌付けしていいものか考えあぐねていると頭を脚に擦り付けてきたので、もとは家猫であったのだろうと合点する。そもそも先日声を聴いた猫とはかぎらないなと思いつつも、昔抱いた三毛猫にそうしたように手の甲で輪郭を撫でながら胸に抱き上げる。

逃げられるかなと思ったけれど腕の中で猫は静かにしていたので、いつでも離せるようにしながら正面玄関を避けてアパートに帰った。

 

さて、いざ部屋に連れ帰ってみるととんでもないものを拾ってしまったと実感する。入居時にはペット可と説明を受けたものの、子猫一匹が満足できるスペースや設備はうちにない。かといってお招きした身としてはそのまま回れ右をして追い出すのも違う気がして猫を抱いたままキッチンの水切りかごからスープ皿を取り出してシンクで水を容れる。水道の蛇口をひねった時に猫は顔を動かしたが飛び出していくことはしないでおとなしいままだった。床にスープ皿を置き、その手前に下ろすとお尻を向けて飲みはじめる。もしかしたらろくに食事もしていなかったのだろうか。

顔を上げる様子がないので、週末まとめて捨てる予定のポリ袋から古くなったブランケットを取り出してくる。幸い明日は仕事がないので様子を見てみようと思う。

猫は、何を考えているのかわからない顔で、美しい毛並みを自分の舌で上手にととのえていた。