朝のコインランドリー

洗うものは山ほどあるんだけど

チューズデー



私の火曜日は二限からはじまる。

二限 講義
今回のゲストスピーカーは視覚教材、つまりはパワーポイントを用意してなかった。学生の散漫した注意が空気中に漂っている。大学には時計のかかっていない教室がたくさんある。終着点の見えない話は退屈な愚痴のようにも思われた。

昼 先輩
閉鎖的な大教室から解放されると即座にコートを羽織り正門に向かった。待ち合わせている人がいる。去年の前期に国際紛争の講義で話した二つ上の先輩とカレーうどんを食べに行く約束をしていた。先輩は一年間のイギリス留学から帰ってきて間もなかった。
カレーうどんのお店を紹介したのは私の方だったが、会計は先輩が出してくれた。あんなにスマートにおごってもらったことは未だかつてなかったので惚れ惚れとしてしまった。
もともときれいなひとだったけれど、きれいになっていた。

三限 友達
正門の前で先輩と分かれてすぐ、見知った顔を見つける。
「待たせて、ごめん」
普段私の火曜日は二限からはじまるのだけど、この日ばかりは例外で一本のラインからはじまった。「ダーツやるの?」というのがその内容だった。やったことはない。前日の夜、サークルの同期たちとラーメンを食べた後、彼らはダーツに繰り出したが私は一人帰路についたので、ちょうど機会を逃したところだった。友達には未経験であることを黙って、ダーツスタジアムまで歩いた。「よくやるの?」と聞かれて告白したら呆れ顔をされたが、レクチャー付きのゲームが始まる。筋がよいと言われた。

四限 ゼミ見学
現代詩の演習の見学。うつらうつらしていると、百人一首の話が教授から飛び出したので目が覚めた。これは日本文学のクラスだったろうか?いや、私がアポを取りレジュメを受け取ったそのゼミは紛れもなくイギリス文学だったはずだ。秋のはじまりを主題としたイギリス現代詩が千年前に詠まれた一首の和歌とすぐさま繋がる。その線はどんどん延長されて私たちまで到達し、私たちが到底歩きつけないようなはるか先まで伸びていく。

隣の席の同じく見学に来た知り合いに「落ちてたな」と言われたので、「バレてた」と肩をすくめた。彼の関西弁はこちらに移りそうなくらい自然に聞こえる。あまりに不自然なもの、異質なものはかえって自然なのだ。

五限 授業
大好きな先生が今年かぎりで退職する。春よりも冬に、別れが多いように思われるのは私の気のせいだろうか。

ダーツスタジアムのダーツは的への刺さり方が(または抜き方が?)良くないと ぐにゃり と先端が曲がって使い物にならなくなってしまう。曲がった部品は新しいものに取り替える。私はすぐだめにした。ピンを外す時、小さな決別と出会う。