わたしは自他共に認める酒飲みだ。ほかに呼び方を知らないので呑兵衛と言ってくれてもいい。アルコール中毒患者予備軍だ。一年くらい前から。
お酒の味はだんだん好きになっていったけれど、二十歳のときは特にそこまで飲む方ではなかった。飲み会に行っても頼むのは甘いチューハイばかりで、ごはんと一緒に飲むようなものではないなと思いながら、弱い度数でほろ酔うこともそんなに楽しくないまま、いつもより騒々しい先輩たちに挟まれていた。
わたしの祖父は地元で二十年以上（正確な年数は知らないけど私が生まれる前からだ）飲食店を自営していて、わたしは大学に入学して以来毎週末そこでバイトしている。
下町の小さなお店は10人のお得意さんと30人の常連さんで成り立っているといっても過言ではないので（数字はわたしの所感なので見逃してほしい）、店主のやり方とその人たちのやりたいことをすり合わせるのが筋だ。ハイブリッド。食べ物屋さんは単なる物の売買ではなく、人の関係を構築する場所だ。それは店と客、客と客、店と店、多岐にわたる。常連さん同士でいつのまにか仲良くなっていることもあるし、常連さんが新しい家族を連れてくることもある。愛人とのデートに使っている人もいる。企業の接待の場として使われることももちろんある。
わたしの仕事は主に皿洗いと給仕と簡単なキッチンでの調理（汁物を温めたり米を研いだり）、買い出し、そしてドリンクだ。ドリンクとはお酒を作ることと、お酒を飲んでもらうことだ。自分が飲むことでもある。常連さんが楽しく飲むためにわたしが飲む必要があれば（ご厚意で声をかけていただいているのだけど）ありがたくご馳走になるという形。
そうでなくとも、店のお酒は希少なものでなければ自由に飲んでいいことになっているのでいつも勝手に飲んでいる。勧められて飲める人間は店にわたしだけなので、売り上げになるのならたまには と祖父たちはわたしがお客さんとお酒を飲むことに目を瞑っている。
そこそこきちんとしたお店なだけあって、お酒の飲み方を弁えた大人たちにわたしは鍛えられてきた。文字通りお勉強させてもらった。店の外でも個人的に付き合いのある（LINEを交換している）仲のいいお客さんは三組、ワインの飲み方を教えてもらった人と、日本酒の飲み方を教わった人と、あと英語のレッスンをしてもらった人がいる。お互いに家族ぐるみのお付き合い。この人たちに教わったことは三つ。
自分の飲めないお酒は勧めない。
自分と相手では飲める量がちがう。
相手に自由に飲ませ、自分も自由に飲む。
自分の飲めないお酒は勧めない、というのは品のない表現で言うと 飲ませるからには共倒れ、上品に言い換えれば 痛み分けだ。フェアであることがお酒でも、コミュニケーションでも大切だ。
だから、度の強い安酒を相手に強要しておきながら自分は無傷でいる人間はわたしは嫌いだ。お酒を飲ませて相手を潰すのは、合意がなければモラルに反する。
過去に一度、同期の男の子を潰してしまったことがある。わたしは彼が酒好きで毎日飲み歩いてることを知っていたので同じペースで飲んでもらっていたけれど、カクテルやサワーが好きで日本酒や焼酎は苦手だとは知らなかった。サシ飲みではなく後輩の女の子が同席していたこと、途中から門限のある後輩と入れ替わりで同期が二人来たこともあって、意図的ではないにせよ彼が後に引けないシチュエーションを作り出した。
その時期のわたしは何かから逃げるように、振り払うようにお酒を飲んでいたので、お酒の席で人のことを気遣う余裕に欠いていた。結果、ペース配分を見誤った彼は酩酊し、帰宅できずインターネットカフェ難民と化した。私は何事もなく帰宅した。申し訳なさが強い。
先日、留学先で仲良くしていた人から連絡がきて、今から高田馬場に来られるか というお誘いだったのでお酒の場であるなら と二つ返事でフットワーク軽く向かったところ、連絡してきた相手はすっかり出来上がっていて、話には出て来なかった仕事の同期と友人とその後輩たちが集まっていた。後輩二人はかわいそうだった。呼ばれたわたしもかわいそうだったと思う。
途中で何も言わずに帰ったので事の顛末は知らないけれど、その楽しそうだった人たちはお迎え（会社の同期）が来てその人の家に泊めてもらったらしかった。迷惑な酔っ払いだ。一銭も払ってないので別にいいけど。
私が帰ったのは、その人たちの飲み方が合わなかったからだ。最後までいる義理もなかった。彼らの飲みの美徳は安い酒をどれだけ下せるかの一点しかなく、美味しく飲むという要素はまるでなかった。楽しい人は楽しいだろうが、強要し合うのだからそのたびに誰かが苦しい。不味いお酒しか飲んでないから、当たり前だ。あと全く飲んでないくせに他人に強要だけしてくるマナーの悪い人間がいたのが嫌だった。特に荒波を立てず姿を消したから大目に見てほしい。
色々な飲み方があっていいと思う。
今日は飲まなくていいかな。
